イヅミ(婚活・婚シェルジュ)

我が故郷・愛する鹿児島で、人と人のご縁を結ぶことが、
故郷への恩返し・鹿児島興しに繋がると確信し、
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「手探り造形始末記 2017」 その3

3.各部のデザインと、その寓意について-前回からの続き-さて、本題に入る前に、今作の「技術的な最大の失敗」について述べたい。この像の4本ある腕の上腕部分-つまり、方関節から肘関節の部位には、一部ペットボトルを使用している。その主な理由は「全体の軽量化」と「ボトル自体のユニークなデザインを流用する事」であった。確かに腕パーツでは、それなりの成果を得たと思う。だが問題は、その腕の後方に突き出ている翼である。以前にも述べたが、この2つの翼は「腕が進化した物」を表現する為、基本的なパーツのデザインと、造形法が腕部のそれと共通している。つまり、翼が体と接続し、上方へ延びていく、最も負荷が加わる部分の中身が軟弱なペットボトルなのである。製作当初は、それ程異常も現れなかったが、徐々に翼が重くなるにつれ、翼全体が後方に傾き始めた。ペットボトルはその中身を空洞のままに、何も詰め込まずに栓をし、まわりを紙や布でコーティングしただけだった為、重さに耐えきれず変形し始めたのだ。これには流石に困惑したが、翼の主要な骨格は既に汲み上げ、細部の造形に取りかかっていたので、途中で大幅な改修が困難な状況であった。そこで考えたのが「ロープによる補強」。左右の翼にある特徴的な、付け根から中間にかけての、3本のロープによる装飾的デザインは、強度不足を補う為の、苦肉の設計変更だったのである。勿論、これだけでは補強は不十分で、この後も、度々翼の補強は繰り返され、その都度、大きなデザイン変更が生じた。翼の先端を小型化したのも、元を正せば、強度不足に対する軽量化がキッカケであったし、他の部位と比較して、翼がスケルトン表現を多様しているのも同様である。更に、像の運搬時を考慮して、翼パーツはペットボトル部分の直下から取り外せる様に加工してあった為、翼のみならず、本体取り付け部の角度調整と補強を何回もやり直す事となった。結果、左右の翼の、本体に対する取り付け角度は非対称となり、バランスを計る為の様々なアクセサリーの付加や、デザインの持つ意味の変更等、全体のつじつまを合わせるのに長い時間を要した。自らの経験不足と、素材に対する無知が、幾度も足を引っ張る事となり苦悩したが、お陰で良い勉強にはなった。やはり、こうした負荷の多い部位は、パーツを分割して汲み上げるよりも、1本の針材を中心として頑強な骨格を構築する事が必要なのである。とは言うものの、我ながら複雑な構造とデザインを持ったこの翼を完成し得たのは、やはり部品分割の賜物であり、私にとっての大きなジレンマとなってしまった。デザイン性と耐久性の両立は、今後の作品制作において、最大のテーマとなるだろう。② 翼と背後 上述の通り、基本となる骨格の設計段階から躓いた翼パーツであるが、ここに記述するのは完成後、最終的に決定したデザインと、その意図である。この2つの翼は一見すると左の悪魔パートはコウモリの皮膜を、右の天使パートは鳥の翼をストレートにイメージして作られているようだが、実は昆虫の蝶々の様な大小2対の翼で構成されている。これは以前にも述べたように「虫の様に脱皮して成長する者」を表現する為である。また、少々分かり難いかもしれないが、この像の背後から見た姿全体が、大きく開いた一輪の巨大な花となる様にデザインしてみたのだが、いかがだろうか?つまり、左右の翼が花弁で、中央から突き出している腕が雌蘂部分と云う訳である。像の腋の下には雄蘂にあたる部位も左右に2対取り付けてあり、背骨は植物の茎の部分を、その背骨から伸びている血管や神経繊維は根っこの部分を兼ねている。この様に1つの物体に様々な意味付けをする事で作品全体に深みを持たせるべく、意図したパーツを多数配置しているが、かえって難解な印象を与えてしまったかもしれない。しかし、こうした「謎かけ」を仕込む作業は実に楽しく、ついつい悪乗りしてしまうのである。それでは個別にそれぞれを見てみよう。先ず悪魔の翼から解説してみる。この翼は全体的にトゲトゲしく、コウモリのそれをイメージして制作してあるが、前述したように花の装飾を、特に蘭の花をモチーフとしたものを多数取り付けてある。蘭は熱帯に繁殖し、様々な亜種を持つが、どれも特徴的な花弁と、強い香りを持ち、情熱的かつ妖艶な花であり、悪魔的なイメージに相応しい。そして、宗教的に悪魔を象徴するものとして蛇の装飾も幾つか配置してある。特に翼の上部から飛び出している三匹の白骨化した蛇は、キリスト教で云う「聖なる三位一体」、即ち「父と子と精霊」の真逆の存在である「悪魔と反キリストと偽予言者」を暗示している。この三匹の蛇の裏側には、先端が2つに割れた蛇の舌を持つ妖しげな口が開いている。これには、悪魔は、その巧みな話術によって人心を惑わすと云う意味を持たせている。そして更に、三匹の蛇の傍らより生えた三本のカギ爪が握りしめるトライデント{三俣の槍}にも蛇が絡みついており、諄いまでに悪意を強調してある。このトライデントからは、女の髪の毛と蛇が絡み合った様な不気味な天秤が吊り下げられ、後ろ正面向かって右側に女性のシンボルマークを、左側に男性のシンボルマークを配している。更に、女性側に「純潔.友愛.信仰心」を意味する薔薇の花を、男性側に「支配.権力者.富」を意味する瞳を持つピラミッドと「犠牲.代償.生命の浪費」を意味する割り捨てられた卵をそれぞれ付属させた。そして、この2つの因子を掴み選ぼうと、像の背後から次世代の自我が腕を延ばしている。それは、奇しくも雌蘂が受粉する姿にも似ているのだが、忘れてはならないのは、この天秤を吊り下げているのは悪魔側であると云う事である。つまり、自らの悪意や弱さが、自分自身を誘惑し堕落させようとしているのである。「自分の敵は自分」と云う皮肉と、「世界を単純な二元論で判断することは不可能であり、危険である」と云う寓意を込めている。 次に天使の翼の解説であるが、こちらは割とストレートに鳥の翼をデザインして製作してある。但、羽根の一枚ずつが、菊科の花のごとくに日向に咲く植物の花弁のイメージに重なるように作ってみた。更に咲きかけの蕾の様なパーツを多数配置させて植物らしさを演出してみた。よく見ると、この蕾のパーツに付属しているリボンの様な部位には女性器を暗示する表現が刻まれており、前述した「花=生殖器」と云う作品テーマを補強させている。翼前面の上部に巨大な目玉を取り付け、悪魔側の2枚舌の口と表裏で対を成す様にした。これは「神は天におわしまし、全て世は事も無し。」もっと言えば「神は見守るだけで、現実には何も手出ししない。」との意味を現している。この目玉の裏側には3本の孔雀のはねをデザイン化したものを配置し、前述の「聖なる三位一体」を表した。 その他にも、左右で対になる様に、色々なパーツを同じ様な位置に配置してあり、バランスに配慮してあるのだが、解説はそろそろ終了にしようと思う。いささか中途半端なのだが、本業の治療院の方が、何かと多忙になっており、次回作の製作準備にも取りかからねばならない為、執筆がナカナカ進められないのである。だが最後に、どうしても記しておかねばならない事がある。それは、像の表面仕上げの工程である。何度も述べてきた様に、この作品は紙や布を重ね張り付けて製作してある。その為、最後の仕上げに全体的にサンドペーパーでヤスリ掛けした際、大量の埃と糸くずが発生し、それが多層構造になっているあちこちの隙間に入り込んでしまった。これ等の塵を根気強く除去してくれたのは、私の母や兄弟たちである。そして、クリーニングの終了した像全体にニスを塗り、その後ラッカー系のアイボリー色の塗料をスプレーしてくれたのは父である。どちらの作業も、視力の無い私には満足にこなせぬ作業である。この作品は我が家族の無償の協力無しには完成できなかったのである。それ故に、この作品が県美点で奨励賞を頂いた事には大きな意義があったと思う。さて、長々と記してきた製作記録であったが、ひとまずお別れである。お付き合い頂いた方々には多大な感謝を送りたい。また次回作の製作記てお会い致しましょう。有り難う御座いました。 さかまつ治療院院長 坂松潤一 2018.01.07.多くの若者達が「幼年期の終わり」を経験する日を迎えるにあたって。

『池田湖のイッシー』

 さて、全く視力の効かぬ身の上で、造形に挑戦している私であるが、今回は趣向を変えて「池田湖のイッシー」を製作してみた。 実は今年の夏、地元 鹿児島で行われた展示会「大ゴジラ特撮王国」に観覧に出向いた際、思いがけず現場責任者の方に親切丁寧な対応と解説を頂き、感動して帰路についたのだが、「俺も怪獣作りたい!」と云う想いがフツフツと沸き上がってきてしまった。とは言え、いきなりゴジラを作るのはハードルが高すぎる為、先ずは腕慣らしに選んだネタが、我が鹿児島県が世界に誇る未確認生物、「池田湖のイッシー」だったと云う訳なのだ。 そもそも「イッシー」とは、どの様な姿なのか?「恐竜の生き残り説」、「大うなぎ説」、「巨大人喰い蛭説」、「外来の大型淡水魚説」、「全く未知の不明生物説」など、様々に推測されているが、結局全体像は不明のままである。まぁ、だからこそ想像を掻き立てる魅力に満ちている怪獣なのであるが。 で、今回の「イッシー」のデザインに選んだのは、諸説ある中で最もスタンダードな「恐竜生き残り説」のプレシオサウルスなどに代表される首長龍タイプ。それを、キモカワなディフォルメキャラクター風にアレンジしてデザインしてみた。シチュエーションとしては、「イッシーの波乗り」。 いつもの様に頭の中でデッサンを繰り返し、明確なコンセプトを得て製作に取りかかった。 今回、イッシー本体はダンボールを主な材料にして全体を製造、軽量化に務めた。牙などの細部はボール紙を折り重ねて強度を増してある。首と尾、両手足の付け根には針金で補強し、後でポーズ付けが容易に出来る様にした。そして全体に薄紙を張り重ねて質感を表現し、同時に補強を兼ねてある。波を表現した台座部分は、三角柱の木材を横にし、それに針金に布を巻きつけた物で大ざっぱな波の形を作り、更にエポキシパテで全体をコーティングして重量感と滑らかな質感を出してみた。イッシーと台座をボンドで接着した後、ラッカー系のニスとアイボリーカラーのスプレーで着色。最後に円形にカットされた木片に「池田湖のイッシー」と言うロゴをペイントマーカーで記入してもらい、土台側面に張り付けて仕上げとした。ちなみに、ロゴを記入してくれたのは、当院の受け付け担当、坂松伊津美氏である。全高約30糎。 このイッシー像、製作開始から約一ヶ月半ほどで完成したのだが、いかがだろうか?こんな土産物が池田湖湖畔で売っていたら皆様は購入されるだろうか?(笑)。ちなみに、当院のお客様方に感想を訪ねた所、おおむね良好な反応であったが、中には「怖い顔の海亀?」といった感想の方も居たりして面白い。ディフォルメ化の際、頭でっかちにした上、どちらかと言えば肉食系の恐竜に似た歯並びの、やんちゃ顔にデザインしたのが原因なのだろうか?まぁ、当初の目的通りのキモカワ系に出来た物と、前向きに考えたい。さて次はいよいよ「ゴジラ」、と行きたい所だが、実は次回作は「ネス湖のネッシー」となる予定である(笑)。どんな怪獣が出来上がるか?乞うご期待! これからも池田湖が「イッシー」が健やかに生息可能な環境でありますように。2017.10.06

手探り造形始末記 2017 その2

 さて、前回は主に「制作前のコンセプトデザインの構想」について述べた。これから実際に完成した像が、どの様な姿になり、どの様な意味を付与されていったのか?と云う点について語ろうと思う。と、その前に私の造形スタイルについて少々述べておきたい。一般的な粘土による塑像制作では、先ず丈夫な土台の上に像の全身骨格となる骨組みを、木材や針金、麻ひも等を利用して、像のスケールやポーズに合わせた形で作り上げる。それから全体のバランスを見ながら肉付け作業を行い、徐々に細部を仕上げてゆく。つまり、初めの骨組み制作の段階で、像の完成後の姿が、ほぼ決定してしまう。この作業だけで、制作者の高いデッサン力が求められるのである。しかし、視力を失った私には視覚的に像の全体を見通す事が不可能である。そこで最初から全身骨格を造るのを諦め、体を解剖学的な部位に分けてバラバラに造形し、全てのパーツが揃ってから模型を組み立てる様に形造る造形法を選んだ。これなら途中の段階でもポーズの変更が可能である。更にパーツのほとんどを紙や布で造形し軽量化に成功していた為、パーツ同士の接着には困らなかった。ただ念のため、負荷のかかる部分には針金等を差し込み、更にエポキシパテで補強した。このパテは2色の粘土状の樹脂を混ぜ合わせると約1時間程で硬化し、非常に使い勝手の良いアイテムである。最終的にパーツ数は大小合わせて200を越えていた。勿論、パーツ制作前に頭の中には明確なデザインが、細部の設定まで出来上がっていた訳である。ただ、それでも手探りでの組み立てでは多少の誤差が生じ、微妙に左右のバランスが不均衡になっていった。このバランスの誤差を解消する為に幾度と無くデザインの変更を余儀なくされた。完成までに丸2年を要した原因の1つである。「幼年期の終わり」という作品は、数え切れぬ程の試行錯誤と僅かな成功、幾多の妥協とそしてちょっとした偶然による産物なのである。我ながら、よくも飽くことなく完成まで漕ぎ着けたものだと思う。造形にかけた執念の源には何があったのか? 以前、新聞記者の青年に「何故、目の見え無い人が立体造形に挑んだのか?」と問われた事がある。